初夏の記憶

ベランダの手すりに肘を置くと昼間の熱がまだ少し残っていました。遠くから、誰かの夕飯の匂いが流れてきました。

アリスガワ「こういう匂いを嗅ぐと急に昔を思い出します」

神宮司「匂いは記憶の裏口みたいなものですからね」

アリスガワ「裏口ですか」

神宮司「視覚や言葉より先に感情へ届きます。だから突然昔の自分が戻ってくる」

アリスガワ「さっき、一瞬だけ高校生の頃の気持ちになりました」

神宮司「記憶は保存されているというより呼び起こされるたびに再生されているのかもしれません」

アリスガワ「じゃあ、思い出すたびに少し変わるんですね」

神宮司「ええ。過去は、現在に触れるたびに形を変えていくような気がしますね」

 薄青い空に一番星が小さく浮かんでいました。